2009年10月6日火曜日

解剖

治療家の先生は解剖をした事はあるとは思うが、できれば海外で解剖を経験してもらいたい。
海外の死体は国内の死体と違い、検体も豊富だし日本のボロボロになった物とは違う。
鍼灸の先生の多くは実際の死体解剖の数が少ないのと実際の新しい状態から解剖するのではかなり違う。多くの死体でそれぞれの疑問やテーマによって解剖の仕方が変わってくる。

海外のあるカイロプラクターは自宅に解剖室を作り、葬儀屋の資格を取ってそれこそ幾らでも自宅で新しい死んだばかりの方を解剖している。日本の解剖のペースではない。日本の治療家は人体と死体とを豊富に扱う事が無いのでどうしても古典の本に傾倒して哲学だけで実際の老化と病理的な変化を受け止めないし、哲学だけで治ると言い張る人がいる。

私は自分がもし許されるなら自分の患者さんの葬儀に行ったらメスを持ってお亡くなりになられた方一人一人を全員解剖して疑問を解決したかった。病変は外からでも勿論推測は立つが、実際は程度や推測との相違などどんな簡単な死体であっても解剖の必要は本当はある。

日本は死体を敬うので難しいが、仏教の教えでは魂は離れた体は川に流して魚の餌にしなさいとの話も有るぐらいで、海外は解剖室は明るく解剖の雰囲気も明るい。

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