2009年9月11日金曜日

宗教

患者さんと接していると宗教人口の多さに驚く、表向きには言わないでも隠れキリシタンでは無いがほとんどとまでは行かなくてもかなりの数である、特に新興宗教系は相当こちらと親しい間柄になってこの宗派に入っていらつしゃったんだと気が付く。

私の本棚は健康関係か宗教関係の本しかない、私は別に何も宗派には属してないが宗教書を読むのが好きである。宗教は哲学でありかなり高度な学問だと私は思う。
だから宗教に入っていらしゃる患者さんにとって理解してお話を聞いたりしている。面白いのは例えば夫婦でも神道系の天理教と世界救世教と違ったり色々な組み合わせがある。

宗教は哲学であり、私は神話と考えている。学者さんは○○の謎とか色々な疑問点や歴史上の記述のすり替えが列記されているが、読ませていただいてとても面白いが神話と考えれば疑問でもなくなってしまう。

般若心経ひとつ読んでも解説書によってかなりニュアンスが違う、何冊も読んで参考にさせて頂いてる
ブッダの教えが仏教からこれほどの宗派に別れてしまうのも十分うなずける。

宗教は皆正しい事を言っているし正しい理論であるが、他人にとっては一歩間違えると暴力になる。
家族がいたとしてその人を良くしようと一生懸命宗教活動を強制したとするとその強制された側は精神的な暴力を常に受け続け心に深く歪みと苦痛を受け続ける、強制している側は正しい事を勧めて正しい事だから何の問題も無いとその事にまったく気付かない。

宗教は言い換えると暴力性を秘めているからどうしても歴史的にも現代でも宗教対立や抗争が起きる。

他人には自分と違う世界が存在して価値観も違うのだからそこを理解していれば暴力ではなくなる。

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