昔ボディビルマガジンで同題名で特集記事が載っていた。天才青野と言われる人物は私が柔整学で一緒だった青野の兄に当たる人物で青野は明治大学の柔道部を経て帝京柔整に入って来た。
兄青野は子供の頃からスポーツ万能の少年で何でも出来た子供と書かれている。柔道もかなり強く力も人一倍強かったそうである。しかしながら恵まれた身体能力を持ちながら飽きっぽい性格で柔道もその後辞めてしまう。
文面を省略してその後明治大学に大河原と言う学生が入りボディビルが好きでジム通いをしていて、仲の良かった青野兄を自分の通っていた連れて行ったそうである。天才青野は飽きっぽい性格ゆえに特に何でも出来てしまう為に大学までスポーツを特に力を入れた経験がある訳でなく筋肉トレーニングをした経験も無い。
大河原がベンチプレスをしてみせ青野もやってみてと勧めると青野は見よう見まねで軽々と100㌔オーバーを上げてしまったのには驚き、大河原はトレーニングをしながら今度はフライをするように言った所青野はウエイトトレーニングの経験が無いものだからダンベルフライを勘違いしてディップスを腕の力だけで水平に体をさせそのまま腕立て伏せを軽々と体操の選手の様にして見せたそうだ。
大河原は驚き今まで自分がコツコツと体を鍛えやっと100㌔を上げるようになったのを友達の青野がたった一度の経験も無いのにそれを軽々と上げてしまい。水平ディップスをして見せたのだから。大河原は友人青野にボディビルを勧め青野はボディビルを始めて僅か数ヶ月で大学のボディビル学生チャンピオンになってしまう。
その後天才青野はたぶんに漏れずボディビルも辞めてしまうが、大河原はコツコツとボディビルを続けボディビルで有名になる。
肥田春充先生は幼少の頃虚弱児だったとされ痩せっぽっちと呼ばれ体を鍛えたとある。
しかし体質は変わらない無いものに憧れるのは自然な事であるが持って生まれた天性は大きい。ボディビルを始める人の殆どが痩せっぽっちか背の低い人が多い。ボディビルの頂点を極めたオリンピア優勝者のアーノルドシュワルツルネッガーも子供の頃は痩せっぽっちでコンプレックスからボディビルを始めたそうである。
しかし本来自然にある筋肉と違ってトレーニングによって付けた筋肉は落ちるのも早く維持にはかなりの努力がいる。
首や腰や肩関節を痛める者も多く努力は大変な物である。
自然体でいいと思う。何の努力もしなくても凄い筋肉がある体質の者もいるし、痩せっぽっちもいれば肥満体の者もいる。健康法はその人の体質を一番に考えるべきだ。
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